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sonatine505の日記

映画・書籍・日々の出来事etc

『デザインのデザイン』原研哉 2003 岩波書店

『デザインのデザイン』原研哉 2003 岩波書店
 
大学時代の友人が、昔薦めていたのを重い思い出して、読んでみた本。
冒頭から、ぐっとくる内容。
現在のデザインは、テクノロジーがもたらす「新奇な果実」を社会にプレゼンテーションする役割を担わされ、ここでも歪みを加えられている。「今日あるものを明日古く見せる」ことに力を発揮し、好奇の食卓に「新奇な果実」を供するサービスになれたデザインは、新しいテクノロジーに従えられた格好で、さらにその傾向を強めてきているのである。p22
デザインの本と言いながら、きちんと社会との接点が考えられている。近代/ポスト近代とは何かが意識されている。
21世紀は、みたことがないようなものが生み出されて、何を次々と革新していくのだろうと考えていたが、そういう発想はむしろ20世紀に置いてくる方がいい。新しい時代は、知っているはずの日常が、次々に未知化されるように現れてくる。いつの間にか携帯電話がコミュニケーションの主役に座っているように、見慣れた日々のあらゆる隙間から、未来は少しずつ僕らの目の前に姿を現し、気がつくと僕らは未来のまん中に座っている。新たなものが「波」のように海の彼方から押し寄せてくらようなイメージは過去のものである。p57
 
当然、企業は小さな投資ですぐに結果を出し、儲けを出したい訳であるが、企業が「ブランド」になりたい場合、そのような顧客に寄り添う形では、グローバル市場を視野にいれた「ブランド」になることはできない。

つまり問題はいかにマーケティングを精密に行うかということではない。その企業がフランチャイズとしている市場の欲望の水準をいかに高水準に保つかということを同時に意識し、ここに戦略をも持たないと、グローバルに見てその企業の商品が優位に展開することはない。これが、問題なのである。ブランドは架空にできあがるものではない、やはりそのフランチャイズとなる国や文化の水準を反映している。p136

 

顧客の本音に寄り添った商品はよく売れるが、これは一方でマーケティングを通した生活文化の甘やかしであり、この反復によって、文化全体が怠惰な方向に傾いていく危険性をはらんでいる。そこに生み出される商品は、グローバルな視点で見た場合に。かならずしも他の市場を啓発するような力を持ち得ない。p145

 

そこでデザインが果たす役割とは何かが論じられている。、対象とする国や文化圏というバックグラウンド、それをどのように育てていくのか/治療していくかがデザインの役割である、という。 
デザイナーは本来、コミュニケーションの問題を様々なメディアを通したデザインで治療する医師のようなものである。だから、頭が痛いからといって「頭痛薬」を求めて患者に簡単にそれを手渡してはいけない。診断するとそこには重大な病気が隠れているかもしれない、時には手術も必要になろう。それを発見し最良の解決策を示すのがデザイナーの役割である。「頭痛薬」を売ることに専念しているデザイナーは安価な頭痛薬が世間に流通すると慌てることになる。
いずれにしても、デザイナーは分断され、パッケージ化されたデザインを供給する職能ではない。もしもそういう錯覚が社会に発生しているとするならば、僕らはそれを払拭しなくてはならない。p204
 
いささか啓蒙的な匂いもする箇所もあるが、「デザイン」の新しい側面を発見をした本でした。わくわくしながら読みました。
早速、他の原研哉さんの本もアマゾンで注文しました。